ライブレポート/佐橋佳幸
佐橋佳幸『TRUST ME~Deluxe Edition』発売記念トーク&ミニ・ライブ
2008年8月5日・TOKYO FMホール
佐橋佳幸の初ソロ・アルバム『TRUST ME』が再発売される。このニュースを知った時、真っ先に口から飛び出した感想は、あれからもう14年もたつのか……ということだった。
この作品は、1994年という、今考えると音楽的にいささか不毛な時代に産み落とされた一粒の良心だった。心ある音楽ファンには強烈に支持されたものの、いつの間にか店頭から姿を消して久しい。
それが『Deluxe Edition』として、ボーナス・トラックを付与されてよみがえる。佐橋が80年代からこの方、トップ・セッション・ミュージシャンとして多忙な毎日を過ごす中コツコツと書きためてきた曲を、エグゼクティブ・プロデューサーに山下達郎を迎え、自ら選び抜いたミュージシャンとともに丁寧に紡いだ珠玉のポップソング集。ギタリストのソロ・アルバムであるにもかかわらず、そこにはギター弾きのエゴはみじんもなく、ただ優れた歌があるだけ。アルバムに通底するのは、佐橋が物心ついた時から愛してきた70年代アメリカの音楽と同質の“エヴァーグリーン”だった。
それは “TRUST ME”と責任を持って世に送り出した豊潤なしらべの集大成で、同時に自らがシンガー/ソングライターであることの証明だったのである。アルバムの再発を記念して一夜限りのライブが行なわれた。その全貌をレポートしよう。
佐橋佳幸
『TRUST ME~Deluxe Edition』
ワーナーミュージック・ジャパン
WPCL-10498/2,500円
2008年8月6日発売

場所は半蔵門のTOKYO FM ホール。音響に優れたいい会場だ。満員だった。時間どおりに場内が暗くなると、ステージ上のスクリーンに映像が映し出された。
そこには、“山下達郎Sings Sugar Babe”の文字が。それは1994年に行なわれた、山下がシュガー・ベイブの歌のみを歌うというコンサートの模様で、当時佐橋は達郎バンドの一員だった。山下が佐橋を紹介すると、佐橋はおっかなびっくりの表情でソロ・ギターを弾き始める。アルバムの冒頭に収録されたインスト曲「Zocalo」だった。ずいぶん緊張しているのがはっきりわかる。弾き終えると、大きな拍手に包まれて映像はフェードアウト。こんな貴重な映像があったのかと感激していると、すかさず壇上に佐橋が登場した。
今日のライブは、“トーク&ミニ・ライブ”ということになっている。軽やかに語り出した佐橋は、“ここに来ているお客さんは相当な物好き”と笑いをとりながら、今日の主旨と来場のお礼を述べて、トークの相手を呼び込んだ。アメリカン・ミュージック評論の草分けである天辰保文だった。その昔、自分が好きになったレコードのライナーノーツは、大抵、天辰が書いていたということで、ニコニコ笑いながら“最も尊敬する音楽評論家です”と紹介した。
そこからは、天辰のリードで『TRUST ME』制作の経緯を語り出す。デモテープを持って山下達郎を訪ねた時のこと、的確なアドバイスをたくさんもらったこと、その後の丁々発止、アメリカでのメンバー探しとレコーディングのこと、歌物だけでなくインスト曲が含まれている理由などなど。
また、ここでは冒頭の「Zocalo」の映像を、佐橋自身初めて見たことも明かされた。“あんな映像があったなんて!”ということらしい。
トークの合間にはちょっとしたお宝映像も披露された。WOWOWの音楽番組に出演した時のもので、即席で撮ったという「Zocalo」のアテぶりPVだった。
また、今回の『Deluxe Edition』に特典として付いてくる映像も上映された。これは、佐橋の最も敬愛するギタリストで、『TRUST ME』のレコーディングにも参加したジョン・ホールとのセッション風景(曲は「Time Passes On 」)を収めたものだ。
当時、山下がホームビデオで撮影していたものを、自宅から引っ張り出してきて自ら編集したという。それは父親が教室で、子供の大事な一瞬を見逃すまいとカメラを向けるあの目線で撮影されているようで、実にほのぼのとしていた。こんなオマケもいいものである。
さて、トークも終盤、ここで1曲という天辰のリクエストにこたえて、佐橋はギターを抱えた。
テイラーのT5でさらりと弾きだした「Trust Me」はもちろんアルバム収録曲で、その指から紡ぎ出されるやさしいしらべに会場は静かに耳を傾けた。終わると佐橋は、いつかこの曲に歌詞を付けたいのだと言った。ここで天辰を送り出し、いよいよライブが始まる。
ステージの中央に進み出た佐橋は、喜びと照れくささの入り交じった表情で、今日が音楽人生で初のソロ・ライブであることを語り、バンドのメンバーをひとりひとり呼び込んでいく。鎌田清(d)、有賀啓雄(b)、大石真理恵(perc)、斎藤有太(k)、Dr.Kyon(k,accordion)。お馴染みのメンバーだった。
最も信頼を置くミュージシャンたちに囲まれて、佐橋は薬指にスライドバーをはめると、気持ちよくストラトを弾きだした。「Little Crimes」。アルバムではジョン・ホールと共演した雄大なバラード曲である。温かみのあるスライド・トーンが会場に染み渡っていく。
次の曲でメンバーがさらに増えた。古澤衛と新井“ラーメン”健で、ともに元佐橋のアシスタントでギタリスト。現在はさまざまなセッションで多忙を極める出世株だ。ふたりはステージ上手に進んでマンドリンを抱えた。
さらにはコーラスの3人組アマゾンズを加えて「Your Days」がスタートした。シンガー/ソングライター佐橋佳幸の魅力がたっぷりと伝わる名品である。
その昔、佐橋がギターを弾き始めたきっかけは、誰のものでもない自分の音楽を作りたかったからだという。ギターはあくまでそのための道具であり、パートナーだった。ポロポロとギターをつま弾きながら、ひとつの歌を作り上げていく喜びが、この素朴な曲からあふれ出ているようだった。
そして3曲目。さらにメンバーが加わる。トロンボーンの村田陽一だった。佐橋がアレンジして大ヒットした藤井フミヤの「True Love」と偶然にも同タイトルの「True Love」を切々と歌う。心にしみる甘いラブソング。ここではジョージ・ハリスンばりのメロディックなスライドも披露した。
さて、現在のところ、ステージ上には12人。しかしこれで終わりではなかった。ブラスセクションの厚みがさらに増した。トランペットの菅坡雅彦とサックスの小池修が加わったのだ。
ギターをES-335に持ち替え、総勢14人で披露したのはアルバムでもハイライト的な存在の「Me,Rosie & Some Folks」。60年代のA&Mサウンドを彷彿させるさわやかなシャッフル・ビートは、まさにポップスの黄金律だった。
ラストはゴールドのストラトに持ち替えて「Frida's Freedom」。この曲では、エンディングでやや長いギター・ソロを弾いた。
ステージ中央に立つ佐橋の姿は凛々しく、ごく自然体だった。その立ち位置はフロントマンというのでもない、バンドマスターでもない、リーダーでもない不思議な感じで、佐橋を中心に集うべき仲間が集い、スモール・サークルを形成している。そういうことなのだ。
今後もこういう形でライブを続けてほしいと思った。この大所帯がどんな変貌を遂げるのかぜひとも見てみたい。曲が終わると、佐橋はもう一度メンバー紹介をして、割れんばかりの拍手の中、退場した。
しかしこれで客が納得するわけがない。アンコールにこたえて、ひとり静かにステージに上がると、ギター1本でフォスターの名曲を奏でた。
「Old Folks At Home」。「スワニー川」としてよく知られる曲だ。ゆっくりとメロディがはらわたに染み込んでくる。
さらにもう1曲。再びメンバーを呼び込んで、先ほどは歌詞を間違えたという「Me,Rosie~」をやり直した。
ところが、ちょっとしたアクシデントがあり、中断。再びやり直すという一幕もあったが、これはこれでご愛敬。客席が温かく見守ったことは言うまでもない。
最後に、佐橋は顔を上気させて“みなさんのおかげで楽しい夜になりました。本当にありがとうございました”とお礼を述べる。大きな感動が会場を包んだ。
そしてオープン・チューニングのテイラーを抱えると「Zocalo」を披露。軽やかにくり返されるフィンガーピッキングのしらべが心地よかった。
これでお開きかと思ったが、演奏が終わると佐橋は再び感謝の気持ちを述べてから、急ぎ足で“プレゼントがあります”と宣言。
それは“人生初”となるプロモーション・ビデオだった。しかも自主制作だという。
曲は「Trust Me」。
ステージ後ろのスクリーンに、巨大な公園の芝生に座ってギターを弾く佐橋が映し出される。静かに淡々とギターをつま弾いている。
青空と緑と陽光がまぶしかった。
そのまぶしさは、佐橋佳幸というアーティストが放つエヴァーグリーンの輝きを間違いなく象徴していた。
最後の最後に流れた場内アナウンスで本日のお礼が丁寧に述べられた。そのしめくくりが“ご案内は佐橋たか子でした”という言葉だったのは、やはり書いておかなくてはならないだろう。
今日のライブを訪れた人の心にさわやかな風が吹いた瞬間だった。
文:野口広之(ギター・マガジン編集長)
写真:菊地英二
【SET LIST】
1. Little Crimes
2. Your Days
3. True Love
4. Me,Rosie&Some Folks
5. Frida's Freedom
- ENCORE -
6. Old Folks At Home
7. Me,Rosie&Some Folks
8. Zocalo
[佐橋佳幸] 公式サイト
- [2008年08月13日 17:33]














