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テレからレス・ポールに持ち替えたペイジの思惑とは?

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【第22回】ジミー・ペイジのレス・ポールと『レッド・ツェッペリンII』(3)

ジミー・ペイジのNo.1レス・ポールは、前回も書いたとおり58年製。

ネックは削られて薄くなっている。これはペイジが入手した時点ですでにそうなっていたということだ。また、同時にシリアル・ナンバーも削り落とされている。

このネックの薄さがペイジにはフィットしたようで、つまり、もしオリジナルの状態だったとしたら、ひょっとしたら彼がこのギターを入手することも、のちのちまで愛用し続けることも、なかったかもしれない。


ちなみに58年レス・ポールのネックは太くて厚い。59年になると俗に“59グリップ”と呼ばれる細身のものが混在するようになるのだが(60年にはさらに薄くなり、クラプトンはこの時期のネックを好んだ)。

というところから考えると、ペイジのNo.2(59年製)は“59グリップ”仕様だったのかもしれない。


さて、ペイジのレス・ポールとの出会いは、No.1が初めてではない。

セッションマン時代に、すでにレス・ポール・カスタム(いわゆる“ブラック・ビューティー)を使用していた。(今さらながら、この記事内で単に“レス・ポール”と表記してある場合には、“レス・ポール・スタンダード”を指しますのでご注意ください)

だが、ヤードバーズ期にはほとんどの曲で、ジェフ・ベックから譲り受けたテレキャスターを使用。その流れで、ツェッペリンのファーストもテレキャスターで録音された。スプロ製小型アンプをフル・ドライブさせることで、テレキャスターとは思えないヘヴィなサウンドになってはいるが。


テレキャスターを愛用していたペイジが、なぜ再びレス・ポールを使用するようになったのか、その経緯は明らかではない。

ただ、ペイジはレス・ポール(と言うよりもギブソン・ギター全体)に関して、「美しいサスティーンが魅力」と語っている。ファーストアルバムを成功させた彼にとって、この路線(つまり、ハードロックと呼ばれることになる、もしくは呼ばれはじめたジャンル)をより開拓し、拡大していくためには、レス・ポールの持つ「美しいサスティーン」が武器になると、本能的に気づいたのではないだろうか?


それともうひとつ。ステージ上ではスプロ・アンプを使うわけにはいかなかった。それはあまりにも小さすぎたし、逆にツェッペリンのライブ会場は大きくなる一方だったからだ。

そうなると、大型アンプを、つまりはマーシャル・アンプを使わないわけにはいかなかった。当時のマーシャルは当然、ワン・ボリューム仕様だ。それを十分に歪ませ、ハードなサウンドを追求していくためには、テレキャスターよりもレス・ポールのほうが好都合だったのではないかと思える(いくらファズを使ったとしても)。

つまり、レス・ポールへの転向は、ライブにおけるサウンド対策という面もあったに違いない。


『レッド・ツェッペリンII』は、ツアーの合間に、各地のスタジオで録音されている。つまり、レス・ポールをライブで使用していたからこそ、そのままスタジオでも使用することになったということだと思うし、スプロの置いていないスタジオでレコーディングするには、これもステージ上と同じ理由で、レス・ポールのほうが都合がよかったということでもあると思う。

『レッド・ツェッペリンII』でレス・ポールが使われたのには、そんな事情が絡み合っていたのではないだろうか。

[続く]

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【著者プロフィール】

細川 真平(ほそかわ しんぺい)

音楽ライター。ギター誌、音楽誌、ムック等の記事を多数執筆。
ジェフ・ベック、スティーヴィー・レイヴォーン等、CDライナーノーツも多数手がける。『ギター・マガジン』誌では「ロック・レジェンド紳士録」を連載中。