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【インタビュー】Yutaka Furukawa (DOPING PANDA)

2008年3月12日にメジャー2作目となるアルバム『Dopamaniacs』をリリースしたDOPING PANDA。

ジャンルレスなダンス・ビートとシーケンスの洪水の中を、鋭利なカッティングとタッピングを織りまぜた速弾きソロで華麗に泳ぐギタリストこそ、“スター”Yutaka Furukawa。

『ギター・マガジン』5月号(2008年4月12日発売)ではアルバム・インタビューを掲載する予定だが、ここではそれに先駆けて、彼のアマチュア時代を中心にした話を特別にお届けするとしよう。

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アスリートのようにスキルアップに費やした、僕の高校3年間は“暗黒の時代”です(笑)


--昨年、『ギター・マガジン』8月号の「私的人生名盤」コーナーに登場していただいて、ヴァン・ヘイレンのアルバムを10枚あげていただきましたが、反響などは?

そうですね。ちっちゃいところで物議を醸し出しました(笑)。僕は今、英詞で歌っていて外国人のディレクターを入れてるんですよ、ティム・ジェンセンって人なんですけど。彼が相沢さん(行夫/g)という方に、“ティムがやってるDOPING PANDAってバンドのやつ、なんで全部ヴァン・ヘイレンなの?”って言われたらしいです(笑)。


--そもそもヴァン・ヘイレンについてメディアに語ること自体、ほとんどなかったそうですね?

そうです、そうです。基本的には僕の恥部だと思っていたのでね(笑)、語らないようにはしてきたんですよ。まあ、たまに言ってますけどね、ギャグっぽく、そういうこともありましたって。もちろん僕の初期衝動だったりとか、ギターを練習するきっかけになったバンドなんで、いまだによく聴くし僕にとってのギター・ヒーローなんですけど。でも、今「やっぱヴァン・ヘイレンっていいよね」って言い出しちゃうと、音楽的に成長が止まっちゃうのかなって……自分の気持ちが戻らないように。


--では、エディの魅力は?

他人と違うっていうところで、それは今でも生きてることなんですけどね。だから初期のほうが全然好きでAOR風になったあたりはあんまり好きじゃない。他人と違う、キャラクターがある、そして聴けば(エディだと)わかる。そういう魅力がありますよね。


--わかりました。では、ギターを始めた頃の話から聞かせてください。

おそらく中学3年くらいの時ですね。5~6割の男の子が同じだと思うんですけど、ごく一般的に音楽をやろうと決めて選んだ楽器がギターだった、と。その後、高校に入って友達の家に遊びに行き、彼がギターを弾いてる姿を見て漠然と「こいつより俺のほうが向いてるな」と思ったんです。

その時、部屋にレッド・ツェッペリン特集が載ってる『ヤング・ギター』誌が置いてあったんですが、友達は布袋(寅泰)さんファンで邦楽好きだったから、その号をくれたんですよ。とりあえずレンタルCD屋で『IV』を借りて、それを聴いてるうちに洋楽、特にハードロックにどっぷりハマっていきましたね。


--最初に買ったギターは?

あたり前のエピソードになっちゃうけど、通販で買った安いやつで、そのあとに買ったのがグレコのレス・ポール・タイプのゴールド・トップ。それがジミー・ペイジの影響だったのか、中学時代に聴いていたユニコーンの奥田民生さんが持っていたからなのか曖昧なんですが、どっちにしろその時期ですね。ギターと一緒にMTRも買いました。


--それは曲も作るんだという意志で?

根拠なくプロになるんだと思ってました。そのためには曲を書かなきゃいけない。コピーではプロにはなれない、という流れだったと思いますよ。


--それからはハードロック一直線?

高校3年間は僕の中で“暗黒の時代”と呼んでるんですけど(笑)、クリエイティビティはほぼゼロに近く、アスリートのようにひたすらスキルアップだけに費やした時期です。友達もいなかったですね(笑)。

だって雑誌のインタビューとかで、トニー・マカパインみたいな人が言うんですよ。「友達なんか作ってたらうまくなんない」と。また、ハードロック系の人は「8歳から始めた」とか多いですよね。俺、15歳からじゃないですか。その差を埋めなきゃいけないと思って(笑)。でもね、そう考えて一生懸命やった人って多いと思うんですよ、今の中高生とかでもいるだろうし。共感してもらえると思うんですけどね。


--では、ひたすらスケール練習なんかを地道に?

はい。でも退屈だとかは思わなかったですよ。当時はもとがゼロだからすぐにうまくなる。だから楽しかったですね。今はなかなかうまくならないんで、練習するのがものすごく億劫ですけど(笑)。


--いわゆるロック・キッズだったわけですね。

……まあ、僕の時代のロック・キッズは違いますけどね(笑)。僕の世代は高校生の頃はニルヴァーナとかグリーン・デイ、ちょっと早いやつはHi-STANDARDだとかを聴いてたから。いわゆるスキルだけじゃなくてファッション的な面もあったんで、僕はもっと前の時代のロック・キッズですよ(笑)。


--でも、結果的にはその時期に培った礎が大きかったんじゃないですか?

大きかったですよ。練習するのもたぶん人より嫌じゃないし。


--その間、例のMTRはどういった役割を?

使ってましたよ。当時のスケジュールを話せば、学校に行ってる時は休憩時間にアコースティック・ギター部の部室で練習して、家に帰ってまた練習。夜中には曲を作るというサイクルです。作ってる曲はむしろハードロックではなくて、インストの実験的なものでしたね。ボスのDR-5(リズム・マシン&シーケンサー)を買って、その音源を取り込んでやってましたよ。


全然ギター・ソロを弾けないやつより、ストロークがヘタだったのがコンプレックスでした


--現在のテレキャスターに至るまでの楽器変遷は?

これが何にもドラマティックな話がなくてね。僕は本当に機材オンチなんです。今でこそアマチュアの人よりは詳しいけど、機材にはまったく興味がなくて(笑)。

大学で東京に出てきた時はまだ例のグレコでした。東京でギブソンの黒いレス・ポール・カスタム、通称ブラック・ビューティを買ったんですが、軽音楽部の部室で盗まれましてね。それから楽器を買わないって決めたんです。で、後輩からレス・ポール・ジュニアをパクってですね(笑)、インディーズで音源を出すまでの2年間はそれを使ってました。そこでいい加減、自分の楽器を買わなきゃということで、他人と違ったものが持ちたいという理由からグレッチのナッシュヴィルを買いました。

でも、当時はメロコアをやってたので、なかなか音が作れないんですよ(笑)。そんな時にESPにいた知り合から黒いテレキャスター・タイプをお借りして使うことになりました。それを見たデビュー当時のディレクターがフェンダーを紹介してくれて、白いテレキャスをもらいました。

今使っているのはハムバッキングが2基という、ずっと探していたモデル。僕はステージではワイアレスなので、シングルコイルのテレだとパワーが足りないと思ってたんです。マスター・ビルダーのマーク・ケンドリックが作ってるやつですが、これは相当いい音しますよ。ちゃんと歪むしセミ・ホロー構造ですごく鳴る。テレキャスじゃないと嫌だってことはないんですけど、デビューしてからずっとテレキャスだから、自分のキャラクターになってるし、今は変える気はないですね。


--クリーン・トーンのカッティングなどは、どのあたりから吸収したものですか?

ぶっちゃけると、僕は高校時代にずっとシーケンス練習をしていて、大学で音楽サークルに入った時点でオルタネイトでのストロークを知らなかったんです。例えばスピッツみたいな曲を弾きながら歌うこともできなかったしね。

これはイカンと思って始めたんですが、全然ギター・ソロとか弾けないやつより自分のほうがストロークがヘタだったのがコンプレックスでした。大学時代はいろんな音楽を聴くようになったので、カッティングに関してはファンカデリックとかプリンス、XTCなんかがもとになってるのかもしれないですね。

それまでゴリゴリでズンズンとリフを弾くか、速弾きのギター・ソロしかパターンがなかったんで、いわゆる普通のバンドを漁ってコピーした時期はあります。ここ何年かはクラブ・ミュージックやヒップホップを聴いてるんで、そこで覚えたカッティングの要素なんかもいっぱいありますよ。


--もともとメロコアだったDOPING PANDAにハウス・ミュージックの要素を取り入れたのは?

これは一にも二にも、インディーズ時代に僕らのプロデュースをやってくれていた田上さんの存在が大きかったんです。もっとフレキシブルにやっていいんだとか、タブーはなくていいんだってことを教わりました。そこからけっこう本気で音楽の聴き方が開けていきましたね。

ハードロックをやっていた高校時代は本当に狭く深くだったのが、大学でパンクという精神に触れ、最終的にロックというもの以外の間口を広げてくれたのは田上さんと出会ってからです。それからはだんだんアレンジャーやプロデューサーみたいな、今の感覚に近い形が染み付いてきたのかなと思いますけどね。


--当初は新たな試みは難しいと感じました?

そうですね。ほかのメンバーふたりもそうだと思うけど、そうしたほうが新しいものが作れるというのはわかっていたと思うんですが、レコーディングで(部分的に)演奏しないってことに対してジレンマがあったと思うんですよ。だから、そこらへんをフラットにする作業が大変だったかな。僕も今でこそこうだけど、当初はギターをループさせるってことに抵抗がなくはなかったんで。今思うと、何で嫌がってたんだろうと思いますけど、そういうところはありましたよ。


--ロックとハウスの融合で意識したバンドなどは?

相当進歩的なことはやっていたと思うし、自分たちが新しいものをやっていて、自分たちで作った音楽に感動してました。もちろんダフトパンクとかラプチャーなんかもいたんだけど、そこを意識したっていうのはないですね。


--それまでついていたファンにとっても、相当戸惑いがあったでしょうね?

う~ん、ライブはずっと生ドラムでやってますからね。でも、音源に関してはあったと思うし、メロコア時代のお客さんはほとんど残ってないんじゃないですか。僕らは演奏するフィールドも変えたんでね。なんか馴れ合いになるのも嫌だったから、違うところでやろうって。けっこうイチからやり直した感じがあったんです。


--確かにライブではお客さんの楽しみ方も含めて、独特の空間を作り出すバンドだと思います。フジ・ロックとかでプロディジーが登場した時みたいな高揚感と3ピースという身近なスタイルの出す生っぽさの両面を楽しんでる気がしました。

あ、そうですか、うれしいですね。


(インタビュー:ギター・マガジン編集部)

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『Dopamaniacs』 DOPING PANDA
ソニー ミュージック

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[通常盤] 2,800円(amazonリンク)
2008年3月12日発売


[DOPING PANDA 公式サイト]

[ソニー ミュージック - DOPING PANDA紹介ページ]