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クラプトンからジョージ・ハリスンに渡ったギターのその後

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【第9回】エリック・クラプトンの57年製レス・ポールと、ビートルズ『ホワイト・アルバム』(4)

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『アビイ・ロード』(amazonリンク)
ザ・ビートルズ

EMI ミュージック・ジャパン



その後のこのギターについて記しておこう。

ジョージはこれに“ルーシー”という名前を付けて、生涯大切にした。妻だったパティをクラプトンに奪われた(という表現が適切かどうかは分からないが)あとも、このギターを愛用し続けたジョージ。ここにもやはり、業(ごう)のようなものを感じないわけにはいかない。

ちなみに「ノット・ギルティ」セッションのあと、「リボリューション」のプロモーション・ビデオ撮影でもジョージはこのギターを使っている。それは「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」録音の2日前のことだ。

また、『レット・イット・ビー』『アビイ・ロード』でも使用されたが、『アビイ・ロード』に収録されたジョージの代表曲「サムシング」でこのギターが使われていることを、ここではあえて記しておきたい。なぜならばこの曲は、ジョージがパティのために書いた曲だからだ。


1973年、このギターはロサンジェルスのジョージの自宅で盗難に遭っている。その後、ハリウッドのギター・センターに並び、メキシコ人の男性がこれを650ドルで購入した。

ジョージの盗まれたギターだとわかった店側は男性と交渉。結果として男性は、ジョージと直接会うことと、58年製レス・ポールとプリCBS時代のプレシジョン・ベースとの交換を条件に、このギターをジョージに返している。


クラプトンは『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』のあと、もう一度このギターをジョージから借りて使ったことがある。

盗難事件が起ったのと同じ1973年の1月13日、ロンドンのレインボー・シアターで行なわれた“レインボー・コンサート”でのことだ。ドラッグ漬けの隠遁生活を送っていたクラプトンを表舞台に再度引き出そうと、ザ・フーのピート・タウンゼントが企画したライブだった。

ここでは「レイラ」も演奏されたし、「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」のお返しにジョージが参加したクリームの曲、「バッヂ」も演奏された。

客席にはもちろん、ジョージの姿があった。


[EMI ミュージック・ジャパン - ザ・ビートルズ紹介ページ]

[ザ・ビートルズ 日本オフィシャルサイト]


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【著者プロフィール】

細川 真平(ほそかわ しんぺい)

音楽ライター。ギター誌、音楽誌、ムック等の記事を多数執筆。
ジェフ・ベック、スティーヴィー・レイヴォーン等、CDライナーノーツも多数手がける。『ギター・マガジン』誌では「ロック・レジェンド紳士録」を連載中。

【関連情報】

『ギター・マガジン』2008年8月号はジョージ・ハリスン&エリック・クラプトン特集

『ギター・マガジン』2008年7月号はビートルズ“ホワイト・アルバム”特集