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パティ・ボイド…ジョージの妻であり、クラプトンがその愛を捧げた女性

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【第8回】エリック・クラプトンの57年製レス・ポールと、ビートルズ『ホワイト・アルバム』(3)

そのころのクラプトンとジョージ・ハリスンの関係を振り返るには、どうしてももうひとりの登場人物が必要だろう。

パティ・ボイド。ジョージの妻であり、クラプトンがその愛を捧げた女性。クラプトンの生涯の代表曲である「レイラ」は、彼女への募る思いを歌ったものだ。

のちに彼女はジョージと別れ、1979年にクラプトンと結婚する(74年から同棲していた)のだが、『ホワイト・アルバム』が録音された68年当時、彼らの三角関係はまだ始まったばかりだった。『デレク&ザ・ドミノス・インサイド・ストーリー』によると、クラプトンはパティの妹、ポーラと付き合いながらもパティを思い、パティはジョージとの結婚生活を維持しようとしながらも、自分へ熱い気持ちを向けるクラプトンに惹かれていく……そんな時期だったようだ。

しかし、その一方でクラプトンとジョージの友情も成り立っている、というのがこの3人の関係の不思議なところではないかと思う。しかもその友情はジョージが亡くなるまで、つまりクラプトンとパティの関係よりも、はるかに長く続いたのである。

ひょっとしたらクラプトンとジョージはお互いを、パティよりも大事に思っていたのかもしれない、という気さえすることがある。

つまり、この3人によるロック史上最も有名なラブ・ストーリーは、パティを巡るラブ・ストーリーではなく、パティを真ん中に置いた男2人のラブ・ストーリーだったのではないか、と(もちろんそれは、クラプトンとジョージがゲイだったというような意味ではない。彼らは、彼ら自身が思う以上に固く、深く、精神的に引き寄せ合い、結ばれていたのではないか、ということだ)。

話を、1968年にクラプトンがジョージに贈ったレス・ポールに戻そう。

文化人類学的には「贈与とは脅迫である」という説がある。それに則るわけではないが、贈与という行為には、やはりその品のお返しになるものを要求する心理が働いている場合があるような気がする。つまり、チェリー・レッドの57年製レス・ポールは、パティを求めるクラプトンの気持ちの、無意識の表出だったのではないだろうか?

それにしても、そのギターを借りて、ジョージの曲中で、渾身の力を込めた泣きのプレイを聴かせるクラプトンの胸中とは、一体どんなものだったのだろう?

それはもう、業(ごう)と呼ぶに相応しいものだったかもしれない。

[続く]


[シンコーミュージック・エンタテインメント - 『デレク&ザ・ドミノス インサイド・ストーリー』紹介ページ]


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【著者プロフィール】

細川 真平(ほそかわ しんぺい)

音楽ライター。ギター誌、音楽誌、ムック等の記事を多数執筆。
ジェフ・ベック、スティーヴィー・レイヴォーン等、CDライナーノーツも多数手がける。『ギター・マガジン』誌では「ロック・レジェンド紳士録」を連載中。

【関連情報】

『ギター・マガジン』2008年8月号はジョージ・ハリスン&エリック・クラプトン特集

『ギター・マガジン』2008年7月号はビートルズ“ホワイト・アルバム”特集