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なぜジミはストラトを手にしたのだろうか

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【第3回】ジミ・ヘンドリックスの『ライヴ・アット・モンタレー』(3)

ジミ・ヘンドリックスが初めてストラトキャスターを手にしたのはいつだったのだろうか?

ぼくの手元に、OMNIBUS PRESSが出版した『JIMI HENDRIX A VISUAL DOCUMENTARY』という本がある。

ジミの生涯を写真とデータで詳細に記した本なのだが、1966年6月23日(火)の項目に、ニューヨークでリンダ・キース(キース・リチャーズの恋人で、ジミをチャス・チャンドラーに紹介した女性)がジミに白のストラトキャスターを買ってあげた、という記述がある(ここには店名が書かれていないが、マニーズ説が有力)。

そうではなく、リンダ・キースはキース・リチャーズのストラトをジミにプレゼントしたのだ、という説もあり、そのあたりは曖昧だ。

だがここでは、とりあえず『JIMI HENDRIX A VISUAL DOCUMENTARY』の記述を信じることにしよう。白のストラトと言えば、これはジミがデビュー前後にメインで使っていた65年製に間違いない。つまり、ジミが初めて自分のものにしたストラトは、65年製だったのだ。

実はそのころ、ストラトの人気は高くなかった。

フェンダーの主力商品はジャガーやジャズマスターだったし、ロック・シーンではエリック・クラプトンのおかげでレス・ポールが王者の位置にいた。

ストラトは1967年10月には生産中止になるはずで、67年に入ってからはフェンダーでは生産数を抑え、部品の整理すら始めていたという話もある。それが撤回されたのは、ジミがストラトを手にシーンに登場し、一世を風靡したためだ。

話を戻すと、ジミはなぜそれほど人気が高くはなかったストラトを買った(買ってもらった)のだろうか?

これは、あくまでもぼくの推測でしかないのだが、ひとつはボブ・ディランの影響ではないだろうか。ディランは、ジミのヒーローのひとりだ。そのディランは、1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルに、バック・バンドを従え、エレキギターを持って登場(観客からはブーイングを浴びた)、これを境にロック化していく。

そのとき彼が手にしていたエレキギターこそ、ストラトキャスターだったのだ。ディランがフォークからロックへの変貌を遂げるときに手にしていたギター、ジミにとってストラトは、そういう大きな意味があったのではないだろうか。

もうひとつの理由は、もちろんそのサウンド、特に65年製が持っていたサウンドだろう。

ジミは、ギター・プレイだけを取ってみればブルース・ギタリストだと言っても間違いではない。しかし、彼のトータルの音楽性は間違いなくロックだし、それどころか、革命的なロック・サウンドを作り上げることに成功した。

その秋にはロンドンへ渡り、その地でデビューすることになる、1966年の夏。きっとジミは、新しい音楽を作ろうとする意欲と創造力に満ち溢れていたことだろう。そんなジミの相棒として最もふさわしいサウンドを持っていたのが、エッジが効いており、シャープな、65年製ストラトキャスターだったということではないだろうか。

アメリカ凱旋ライヴとなった“モンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティバル”のステージで、65年製ストラトキャスターをメインに使ったのも、そんな理由があったからだと思う。

そして、そのサウンドがアメリカの聴衆を、完膚なきまでにノックアウトしたのだ。


[ジミ・ヘンドリックス 公式サイト](英語)


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【著者プロフィール】

細川 真平(ほそかわ しんぺい)

音楽ライター。ギター誌、音楽誌、ムック等の記事を多数執筆。
ジェフ・ベック、スティーヴィー・レイヴォーン等、CDライナーノーツも多数手がける。『ギター・マガジン』誌では「ロック・レジェンド紳士録」を連載中。